抗体医薬品の改良を目指したタンパク質工学的研究

 

 

 

崇城大学 薬学部 生化学研究室

 

研究背景

*抗体医薬品について

*抗体医薬品の問題点

*抗体フラグメントFab

Fabの医薬品への応用

 

☆研究課題

1)抗体医薬品のFab化及び酵母による産生
2)Fabにおける抗体医薬品の劣化の研究
3)抗体医薬Fabのアミノ酸変異導入による安定化

 

 

 研究背景

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◇抗体医薬品について

 

現在、抗体医薬品が盛んに開発されており、2012年の医薬品売り上げランキングでは上位10品目の中で、半分を抗体医薬品が占めている。

今のところ主な適応は、がんあるいはリウマチとなっている。

 

 

 

がんを例に挙げる。がん細胞は、正常な細胞が変化し死を遂げず無限に増殖するようになった細胞である。

従来の抗がん剤による治療では、がん細胞だけでなく正常な細胞も破壊してしまう問題があった。

近年の研究から、がん細胞は正常細胞ではあまり見られない分子を、細胞の表面に発現させていることが分かってきた。

このがん細胞に多く出現している分子を狙えば、正常細胞を壊さずにがん細胞のみを攻撃すること可能となる。それを担っているのが抗体である。

抗体は優れた特異性を持ち、標的分子に対してのみ作用することから副作用の低減が期待できる。

がんをはじめとした病気の原因となる分子に対し、特異的に作用するのが抗体医薬品である。

さらに抗体は体内にある免疫システムの一員であるために、抗体がとらえた相手には免疫システムの他の仲間も加わって攻撃がなされる。

 

 

 

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◇抗体医薬品の問題点

 

抗体医薬品にはいくつかの問題点が、ここでは生産について挙げる。抗体医薬品はタンパク質である。

遺伝子工学の発展により設計図となる遺伝子配列さえあれば、微生物や動物細胞を使ってタンパク質を作り出すことが可能となっている。

抗体はタンパク質として合成されたあとH鎖のFc領域(下記の構造を参照)に糖鎖が付加するというイベントが必須である。

この糖鎖付加が必要なこと、そして抗体の分子が大きくて少し複雑な構造をしていることから、簡便な微生物で抗体を生産するのは難しく、

高等動物である哺乳類の細胞(主流はチャイニーズハムスターの細胞:CHO細胞)を用いて生産しなければならない。

微生物に比べると、動物細胞の扱いは大変であり、抗体医薬品として抗体を生産する為には莫大な設備投資が必要である。

即ち、抗体医薬品の問題点の1つは、生産コストがかかるという点である。

 

 

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◇抗体フラグメントFab

 

抗体医薬品は血中に最も多く存在するIgGが使われている。

IgGは、H鎖が2本とL鎖が2本の4本のポリペプチドが組み合ってできている。

先の領域(青色)が可変領域であり、ここのアミノ酸配列が変わることによって多様な特異性を生み出している。

他の領域(赤色)は共通したアミノ酸配列の定常領域である。

 

 

L鎖と結合せずH鎖同士結合している部分(Y字の棒の部分)をFc領域と呼び、ここの特定の領域に糖鎖が付加する。

またFc領域は他の免疫システムを呼び寄せるのに欠かせず、補体あるいはマクロファージやキラーT細胞といった攻撃能力の高い細胞は

抗体のFc領域を認識し、抗体が捕らえた相手に作用する(CDC作用・ADCC作用と呼ぶ)。

一方で、Fc領域を除いたH鎖とL鎖が結合している部分のフラグメントをFabと呼ぶ。

Fabを単独で調製することが可能で、Fabのみで抗原(抗体が結合する分子)と結合力を維持できる。

さらに抗体分子よりも小さいので、組織に入り込める能力が高くなる。

最大の利点は、Fc領域を欠いているため糖鎖付加の必要性がなく、大腸菌や酵母といった微生物での生産が可能である。

即ち、抗体医薬品の生産コストに対して、Fabであれば飛躍的に生産コストは削減できる。

 

 

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◇Fabの医薬品への応用

 

抗体と比べた時に、生産コストが下げられるという可能性と組織浸透性が高い(特に皮下注射など)という能力はFabの強みである。

しかしながらFabにも欠点がある。抗体分子に比べ体内の半減期が大幅に劣る。

これに対し、Fabにポリエチレングリコール(PEG)を付加させて体内半減期が長くなるということが分かっており、かなり抗体分子に近づいているという研究報告がある。

またFc領域が無いので上述した他の免疫システムとの攻撃ができず、中和作用のみの適応に限られる。

中和作用のみで効果があるという症例には炎症性疾患のリウマチなどがあり、炎症性分子のTNFαを狙ったFab製剤が認可され、

医薬品として用いられている(一般名:セントリズマブ ペゴル。商品総称名:シムジア)。

これは世界初のPEG化Fab抗TNFα製剤であり、PEGを付加させることでFabの欠点である半減期を大幅に長くしている。

もう1つの欠点であるFc領域が無い為にCDC作用やADCC作用が期待できない事に対して、Fab分子に放射性物質を付加させて放射性治療を施せば、

がん細胞などを特異的にかつ強力に退治できる。

以上のように、Fabは次世代抗体医薬品として期待が高く、研究開発が進んでいる。

 

 

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☆研究課題

 

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1)抗体医薬品のFab化及び酵母による産生

「抗体医薬品のFab部分を遺伝子工学的に酵母を用いて作りだす」

 

Fabは生産コストが安価で培養が容易な大腸菌や酵母などでの生産が可能である。

しかしFabといえど、H鎖L鎖の別々からなる2量体であるため大腸菌や酵母の生産系を確立するのは容易ではない。

以前の研究で、ヒトのFabを大腸菌から封入体として発現させ大量にかつ効率的に作製させる事にした。

[Stable supply of large amounts of human Fab from the inclusion bodies in E. coli. Fujii T, Ohkuri T, Onodera R, Ueda T. J Biochem. 2007. 141(5):699-707. ]

また、酵母によっても大量にヒトのFabを大量に調製することに成功した。

[Characterization of deamidation at Asn138 in L-chain of recombinant humanized Fab expressed from Pichia pastoris. Ohkuri T, Murase E, Sun SL, Sugitani J, Ueda T. J Biochem. 2013. 154(4):333-340. ]

今後、承認されている抗体医薬品について、Fabの発現系を構築させ酵母を用いて大量に調製する研究をおこなっていく。

 

 

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2)Fabにおける抗体医薬品の劣化の研究

Fabのどの部分が壊れやすいのかを調べる」

 

抗体はタンパク質である。従って、タンパク質に生じる劣化への対策も重要と考えられる。

タンパク質に精製、保存等で劣化が生じると、品質の不均一化、活性の低下など招く恐れがある。

そもそもタンパク質の劣化とは、タンパク質の天然状態と変性状態の平衡関係にある中での変性状態から

不可逆的に起こる反応である。

劣化反応の例としては、アスパラギン、グルタミンの側鎖のアミノ基が解離するデアミデーション、L体である

アミノ酸がD体に変わるラセミ化、ペプチドあるいはSS結合の断片化などが知られている。

そこでFabを用いて、定常領域でおこるアミノ酸部位を特定し劣化の影響を調べ、深刻な箇所にアミノ酸変異

を導入し劣化の影響を防ぐ事を研究目的としている。

この定常領域での劣化を防ぐアミノ酸変異を抗体に導入すれば、抗体医薬品の改良につながることが期待できる。

既に、ヒトFabの劣化部位を特定し、改善型のアミノ酸変異にも成功している。

[Characterization of deamidation at Asn138 in L-chain of recombinant humanized Fab expressed from Pichia pastoris. Ohkuri T, Murase E, Sun SL, Sugitani J, Ueda T. J Biochem. 2013. 154(4):333-340. ]

今後も劣化に着目し、抗体医薬品のアミノ酸変異による改変を目指していく。

 

 

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 3)抗体医薬Fabのアミノ酸変異導入による改変

Fabの壊れやすい部分のアミノ酸を変えて、より安定なFabを作り出し、抗体医薬への応用を目指す」

 

定常領域はヒトであれば共通した配列である。

上記のように、アミノ酸変異により既存の抗体医薬品を改良できれば、より効果が高まり応用範囲も広がっていくことが期待できる。

そこでFabにターゲットを絞り、定常領域についてアミノ酸変異を行い、より良いFabへと改変させることを目指す。

上述のように承認されている抗体医薬品のFabについて、その発現系を確立し研究を進める。

とりわけタンパク質の熱力学的な安定化は、劣化を抑え品質維持の向上が高まる為、Fabの安定化を試みる。

 

 

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  文責

 

崇城大学薬学部 生化学研究室

  准教授 大栗誉敏 → HP

 

860-0082 熊本市西区池田4-22-1

ohkuri@@ph.sojo-u.ac.jp

 

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